ベトナムのベストセラー小説「つぶらな瞳」を読む。その2
②物語の舞台はどこ?
前回の記事ではあらすじのみとなりましたが、今回からは作品の内容について語りたいと思います。
この物語の舞台はベトナムのどこなのでしょうか?
本文では何省の何県の出来事なのかは明記されていません。
主人公の生まれたドードー村を除けば、「県都」とか「都会」といった表現がされていて、物語の舞台となっている場所は意図的に特定できないように書かれているようです。作者は物語の舞台を積極的に隠していると推測できます。
作品中に登場する地名は以下のたったの4つです。
- ドードー村
- バンメトート
- クイニョン
- ダラット
驚いたことにハノイやホーチミン市の名前さえ登場しないのです。
1、ドードー村
ガンたちの生まれ故郷であるドードー村についてですが、調べた結果それらしい自治体は存在しませんでした。ドードー村はあくまで小説の舞台であり、正確には別の村名でモデルが実在するようです。これは後ほど言及します。
2、バンメトート
「Thành phố Buôn Ma Thuột」はベトナムの中部高原地域に位置するダクラク省の省都です
ガンが6年生に進級したときに下宿していた大家のナム・トゥーおばさんの上の息子が兵役でバンメトートに行ってしまったという記述があります。[1章19]
3、クイニョン
「Thành phố Quy Nhơn」はベトナム南中部、ビンディン省の省都です。
ガンが11年生を終え、入学した師範学校があったのがクイニョンでした。[2章24]
実際にクイニョンには昔から師範学校があり、現在はクイニョン大学に統合されているようです。
4、ダラット
「Thành phố Đà Lạt」は、ベトナム南中部の都市でラムドン省の省都です。
ユンはビック・ホアンと結婚したのちダラットへ行った。[3章4]
(原文はダラトになっていますが、一般的に知られている地名のダラットと同じ都市と推定します)
位置関係を地図で示します
所在不明のドードー村を除き、これらの都市はベトナムの南部地域の主要都市です。仮にドードー村が北部にあるとすると、もっと北部の都市と関連付けられるはずです。例えば兵役で北部の農村出身者が南部の部隊に配属されるのでしょうか?時代的にそれは考えにくいでしょう。ガンがクイニョンの師範学校に学んだということからも、その近縁の省にドードー村があったと考えるのが自然でしょう。
そうすると邦訳「つぶらな瞳」の帯にある「ベトナム北部の農村、ドードー村」とはいったいどういうことでしょうか?作品中には北部を示唆する記述は全くありません。ドードー村が北部というのは根拠がないように思えます。
かといってドードー村が南部にあるという直接的な根拠もありません。あくまで南部にあると推測するにとどめておきましょう。
本文からは物語の舞台を特定するには至らなかったわけですが、ベトナム語のwikipediaに特定の大きな手掛かりがありました。
Ngạn sinh ra và lớn lên ở một ngôi làng tên là làng Đo Đo (thuộc xã Bình Quế - huyện Thăng Bình - tỉnh Quảng Nam - cũng là nguyên quán của tác giả)
つまり、ガンの生まれ育った「làng Đo Đo」はクアンナム省タンビン県ビンクエ村の中にあるとのことです。そして、ここはまた作者の出身地でもあります。
làngという言葉ですが辞書によると、一番小さな行政区分のxãよりも小さな区分の村落で、さらに下にthônがあります。xã(社)の人民委員会は見たことがありますが、làngやthônは聴いたことがありませんでした。行政の単位としてはxãまでなのだとおもいます。
グーグル地図で探すと一発で見つかります。
私の村にはドードーという名の市場があって、昔からそれが村の名前になっている。[1章3]
ドードー市場は実在します。壁を黄色く塗られた、地方によくある小さな市場です。 作者の出身地とも一致するということでこの場所がモデルだと考えて差し支えないでしょう。
さて、それでは本文にある「県都」、「都会」はいったいどこなのでしょうか?
県都は容易に特定できます。Thăng Bình県の県都と言えるのはthị trấn Hà Lamでしょう。thị trấn(市鎮)はその県の中心になる都市で、他は全てxã(社)です。
都会については漠然としすぎていますが、高校進学のために行ったというので最寄りの大都市だということが確実です。高校進学のためダナンや省外まで行くのは考えにくく、省都のタムキー(Thành phố Tam Kỳ)だと想像できます。
位置関係を地図にします
タンビン県はすごく広く、ドードー村からハーラムまではおよそ14キロの道のりです。ハー・ランもガンもこの道を自転車に乗って実家に帰っています。
タムキーもドードー村からは17kmほどの距離です。自転車で行けなくはない距離です。
しかしここで大問題が発生します。ガンたちは都会から県都までバスで半日余りの距離を移動しているのです。
私は毎月のように村に帰っていた。バスに揺られてうつらうつらしながら半日余りを過ごすと 県都につく。そこから村までは自転車に乗った。[2章6]
今現在バスで半日の距離を仮定すると300km程度走ることになります。当時の道路事情が劣悪であることで2倍の時間を要したと想定してもフエまで(およそ140km、時速30kmで4時間半)行ってもおかしくない距離です。省都のタムキーに高校は無いのでしょうか?都会というのはひょっとしたらダナンという可能性もあるのでしょうか?
仮に都会がダナンだと仮定しても陸路で60km余りの距離です。とても「バスで半日余り」とは思えませんが、停留所での停車や操車場での乗り継ぎの時間のロスを考えればないとは言い切れません。都会=ダナン説も可能性はあります。
また、タムキーからバスでハーラムまで移動してドードー村に自転車で戻るというのは非常に不自然な旅程になっています。それなら直接タムキーからドードー村に自転車で戻ったほうが早いのです。
ただ、ベトナム戦争終了からさほど時間がたっていないと仮定したところでクアンナム省内に高校が存在しないということは考えにくいです。私としてはドードー村からの進学先の都会=タムキーである可能性が高いと思っています。
上記の箇所はいったいどういうことなのでしょう?本当にその通りに移動していたのならとても遠い都市にいたということになります。作者はクアンナム省をモデルにしているにせよ、実際には架空の地理を設定しているのではないでしょうか。この「都会」については、実在の都市の要素をいくつか集めて作られた架空の都市なのではないかと思うのです。
あとがき
クアンナム省の省都タムキーは適度に発展した人口17万人ほどの都市です。私はダナンに駐在していた時に2回訪問したことがあります。1回はバイクでツーリングをした途中、もう1回は今の妻と共通の友人の祖母の葬式に参列するために今の妻とバイクで二人乗りで訪れました。国道はとても広く、対向車に注意を払いながら80kmぐらいで強い風を受けながら走ったのはとてもいい思い出です。